SSブログ

☆ミクロの舞踏会★♪★ [短編]

 チラチラと月の光に輝きながら、静かに脈打っている波の手が白い浜辺にせわしく伸びたり縮んだりしている。ときおり、夜鳴が岩間を抜けて水辺に歩むのも、闇の暗さに隠れた静けさを際だたせている。

 長い灯籠の火の手が、ゆらゆらと水平のかなたから足元まで伸びて、霜月の冷え冷えとした大気に一層の寒気を漂わせていた。

 ホンダワラの陰には、一匹のナウプリウスとプルテウスが何やら途方もない話に明け暮れているようであった。

 「つい最近にあった事だがね、プルテウス君。君の家には、もう、あのトロコフォア君が来なくなったそうだが、その後、どのようだね。」

 いつもの、あのかん高い神経質にピンピンはねる声でナウプリスががなりたてていた。

 「ああ、最近は、寒気も厳しくなったせいか、よう寄らんがな。それともわしの家がいささか、彼には近づきにくくなったのかも知れんのう。」

 「いや、それよりも、君が次第に鈍くなってきたので、足が何十何百もあるトロコフォア君には、退屈の代物なのだよ。 ほら、考えてもごらんよ。君が一つの事を言い出すまでに、もう、彼はあの何百もある足を交互に踏みならしながら、その矢の先みたいな口から途方もない数の言葉を吐いてしまっているじゃないか。」とナウプリスは、自慢の長いほっそりとした顎髭を撫でながらプルテウスのイガグリ頭を撫でて話をしていた。

 「頭の毛だか足だか分からないが、少なくとも、地についている部分の足でもって歩いたらかなり早いんではないかと思うが、どんなものかね、君、プルテウスよ。」

 「うん、それがな、この何十本かの手と足で頑張ってみても、大きなおれの図体はどうも早くは進まないんだよ。」大儀そうに大きな真っ黒な体を震わせてプルテウスは力んでみせるのであった。

 そんな会話が半月を浮かべた冷たい空気の空の下、テングサや海シダの生い茂るサンゴ村の小森に弾んでいた。凍えるように冷たく澄んだ海の中は月の光で明るく、あちこちの岩屋では夕べの諸々の生き物の戯れに、わめき声や笑い声、ひいては泣き声までもこだましていた。

 丸くて粒々の数珠みたいになったホンダワラや海葡萄に腰掛けたり、ぶら下がったりしながら道行く者どもをまじまじと視ているウミウシに、ヴェリジャーが、そっと背後から砂を吹きかけて彼を海面上にまで飛び上がらせてしまった。 赤と黄色のいきなシャツをまとったヒレユヴェラ嬢は、クスクスと声高に笑いながらスマートに通り過ぎていった。

 「ああ、疲れた疲れた!」と言いながら、せわしく息をはずませながらトロコフォアが勢いよくナウプリウスの家の戸口に駆け込んできた。あまりにも急だったので、ナウプリウスは驚いて飛び上がった。その瞬間に岩屋の固くて堅牢な天井に、思いっ切り頭をぶつけてしまい、もとより赤い頭をますます赤くしてしまったのであった。

 「やあ、ごめんごめん。こんなに足が多いと、ゆっくり歩けないんだよ。最初はゆっくり歩いても、目的地に着く頃には、かなり加速されてしまい、足がなかなか言うことを聞いてくれないんだよ。」と言うやいなや、家の奥まで走り込んで来て、奥の壁に思いっ切り額をぶつけて、ようやく止まったのであった。

 「やれやれ、やっと止まったわい。」と急いでハンカチで流れる玉の汗を拭くのであった。

 「ところで、あ~ん、なんだね君は来るたびにいつも僕の頭のてっぺんにタンコブを作らせるほどの急ぎようで。今日はまた、何か面白い話でもあったのかね。」とナウプリスは頭のタンコブを撫でながら、そして、片手では相変わらず自慢の白髭を優しく撫でながらトロコフォアを睨みつけて言ったのである。

 「そうまあ怒りなさんなよナウプリス君。せっかく、久しぶりに君を訪ねたんじゃないか。すこし落ち着かせてくれよ。」いかにも悪かった、というふうに体を3分の2ほどに折り曲げ、トロコフォアは謝ってみせるのであった。そして、その数多い足で近隣のサンゴ村や真珠色の砂丘とそのオアシス等を巡り耳にしてきた有ること無いことを愉快そうに話すのであった。

 あるときは演説調に、あるときはしんみりと、また、あるときは物語町に・・・アリマーがカイロードウケツの穴に嵌りこんでしまい一騒動が起こった事、そして、アリマーが嵌りこんだ穴が実はカイロードーケツの体の中であり、そうとは知らず、その壁からぶら下がっていた柔らかい肉質の饅頭らしきものをちぎろうとしたが為に、カイロードウケツの安眠を妨げたうえに大けがを負わせてしまって一大惨事となったこと。

 カメの手とカメの足とでは、どちらが早く泳げるかを一晩中徹夜で議論し続けていたアカガメの馬鹿息子達の話の終始やら・・・であった。

 岩屋の軒下からぶら下がっているネンジュモも面白げに細長い首を左右、前後に振り動かしながら聴き入っていた。

 一連の話すべき事を話し終えてからトロコフォアは何やら、岩屋の隅で(いや、実は、隅の方に居たのではなく部屋の中央の暖炉の方に居たのであったが)何やら動いているものに気づいて、「何だ!この真っ黒くてもぞもぞしているものは」と驚いて声を張り上げたのがいけなかった。

 さきほどから、じっと話の始終を聞いていたプルテウスは、トロコフォアが自分の存在を無視しているような態度に、心の内はいらだっていたし、また、大いに不愉快感を抱いていたのである。そして、「何だ、この真っ黒なもぞもぞしたものは!」と、あたかもススの固まりでも転がっているかのように言われてみると、もう、癇癪の置き所がなかった。 

 みるみるうちに、全身の剛毛を逆立て、眼をつり上げ「このやろう!」と雷鳴のごとく怒鳴ったからたまらない。

 この途方もない、身の毛もよだつような漆黒の梁怪獣、いや、実際、日陰でその輪郭も明瞭でないギラギラととぎすまされたような全身針だらけに見えたのであるから、ましてや、トロコフォアは慌てて喋りまくって気も静まってなかった時だけに、すっかり、気持ちは動転してしまった。

 そして、その得体の知れない黒ずくめの怪獣に仰天し、思わず入口と出口を間違えて、またもや岩屋の壁に全身をたたきつけ、その弾みに体中の間接の節々を外してしまった。悲劇、極まりない騒動となった。

 かわいそうに、トロコフォアはその夜は気絶のし通しで意識が戻ることはなかった。おかげで、ナウプリスとプルテウスは一晩中、彼の介護に身をやつさねばならなかった。 

 節々の関節をはめ込むために、プルテウスはパイプウニの鉄棒を何本も借りてきて、一節ずつたたき込んで行くのであった。これが、また、始めて経験する治療方法だけに、腰の骨が折れそうになるほど難儀極まりない経験をする羽目になった。

 ナウプリスは、ふと、いつか自分の関節もまた、こんな目に遭うことがあるのではないかと思うと、身の毛がよだち、あわてて妄想を打ち消すのであった。

 朝陽が岩屋の天井穴を通して射し込んで来る頃、ようやく、トロコフォアはその閉ざされた瞼を薄く開いたのであった。眼が開と同時に「あいたたたたた!と、いつものヒョロヒョロとした声とはけた違いのかん高い声で泣き声ともなんともつかない大声を張り上げてしまった。

 すっかりトロコフォアの介護や介抱に身も心もやつし疲れ果てていた二人を天井まで吹き上げてしまったのであった。そのはずみに、天井につるしてあったアンコウの火がこぼれ落ちてトロコフォアの背中に落ちてしまった。 

 そして、丁度、お灸を据えた形になり、またしても大声で絶叫してしまったからたまらない。岩屋の空気はぶるぶる震え、岩戸はがたがたきしみ音を立て、炉端の夜間はひっくり返ってしまい熱湯が飛び散ってしまった。

 時ならぬ岩屋の騒々しさに、通りがかりのカワハギと夜勤帰りの真っ赤な目をした金目鯛が、岩戸の穴をのぞき込んでいるのであった。

     


コメント(0) 
共通テーマ:旅行

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。